02.パンの焼ける匂い

僕がまだロストタウンにいた頃、目が覚める時はいつも母さんが早起きして作るパンの匂いがしていた。
仕事へ出かける大人たちが立ち寄り、毎日嬉しそうに買っていくので、母さんも毎 日精を出してパンを焼いていた。

「お早う、母さん」

店にパンやマフィンを一つ一つ丁寧に並べている母さんの後ろ姿に声を掛ける。

「お早う紫苑。朝ご飯食べていくでしょう?」
「うん」

答えると、母さんはテーブルの上に朝ご飯を並べる。
これを食べ終えたら僕は公園管理事務所へと仕事に向かう。
そこではNO.6の街の掃除 をする清掃用ロボットであるイッポとサンポを操作することがの仕事だ。

パンを囓るとふわりとした食感で美味しかった。
僕は空になった食器をそのままに出て行く準備をした。

「行ってきます」

母さんに向かって言うと、母さんは僕の方を振り返って笑顔を見せた。

それはとても懐かしくて、とても遠かった。

「紫苑」

ここにはいないはずのネズミの声が聞こえた。

「……ネズミ?」

聞き返して周りを見渡してみても姿は見えない。
すると、だんだん母さんや家が薄れていき、今ではすっかり見慣れた薄暗い天井が見えた。
ベットの側ではネズミが僕の顔を覗き込んでいた。

「紫苑、何泣いてんだ」
「え?」

何を言われたのか分からなかった。
手を頬に当てると僅かに湿っていた。

「夢でも見てたのか?」

目尻に残っている涙を親指の腹で拭われた。

「うん……母さんと暮らしてた頃の夢を見てた。凄く懐かしかった」
「まだNO.6に未練があるからそういう夢を見るんだな」

ネズミは鼻で笑った。

「違うよ。NO.6には未練はない。だけど、母さんは別なんだ」
「そういうことを言ってるからあんたは甘いんだ」
「思い出を持っていたっていいじゃないか」
「はいはい、潰れても知らないからな。俺は仕事に行く」

ネズミを引き止めようと手を伸ばすが、ネズミは器用に避けて部屋を出て行った 。
扉が閉まる音とともに、部屋が一層静かになった。

「……ネズミ」

ネズミは思い出を持っていることをくだらないと言う。
潰れるとも。
貧困に苦しみ、明日を生きることに精一杯の西ブロックでは当たり前のことなのかもしれない。

……だけど。

ネズミ、僕は捨てられない。

横で慰める様にクラバットが鳴いた。



火藍を出したら一気に紫苑がマザコンに……!←
頑張ります。色々と((笑